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岐阜地方裁判所 昭和38年(む)145号 決定 1963年5月22日

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

本件準抗告申立の要旨は「被告人(被疑者)両名は公職選挙法違反事件につき、勾留中のまま岐阜地方裁判所八幡支部に起訴されたのであるが、右両名の弁護人たる申立人が右両名と接見するについて、岐阜地方検察庁検察官清沢義雄は、刑事訴訟法第三九条第三項による指定書を必要とする旨、この指定書を持参しないときは接見をせしめざるよう鷹見町拘置支所長に対し指示をなし、且つ同検察官鈴木芳一は別紙(一)記載の如き指定を行つた。

しかしながら右指示及び指定は明らかに刑事訴訟法第三九条第三項に「……公訴の提起前に限り……」とある条項に違背し違法であるからこれが是正を求める」というにある。

第一、よつて検察官鈴木芳一作成の昭和三八年五月二二日付意見書(別紙(二)のとおり)、本件被告人両名外一名にかかる昭和三八年(わ)第一乃至三号公職選挙法違反被告事件(昭和三八年五月九日付起訴)及び右両名が、同月一三日再逮捕、同月一四日勾留された余罪の捜査記録を綜合すると、

右両名は、当初、別紙(三)記載の如き犯罪事実(以下甲事実と略称する)により同年四月一八日逮捕、同月二〇日勾留されたが、右事実につき同年五月九日岐阜地方裁判所八幡支部に起訴されるに至つた。ところが右両名は別紙記載の如き犯罪事実(以下乙事実と略称する)により再び同年五月一三日逮捕、同月一四日勾留されるに至つたが同日岐阜地方検察庁検察官の請求により、岐阜地方裁判所裁判官において右両名と刑事訴訟法第三九条第一項に規定する者以外の者との接見等の禁止決定がなされ、同日右検察官は右両名と弁護人又は弁護人とならうとする者との接見交通に対し「接見又は文書授受の日時、場所、時間は別に発する指定書のとおり指定する」旨の一般的な接見等に関する指定書を作成した上、同謄本を被告人(被疑者)及び鷹見町拘置支所長にそれぞれ交付し同時に、右具体的な指定書を持参しないときは接見せしめざるよう同支所長に対し指示をなし同月二一日具体的に本件申立人の右両名に対する接見交通の日時、場所、時間として、別紙(一)記載の如くいずれも同年五月二一日午後四時より五時までの間に一五分間、場所鷹見町拘置支所と指定した事実その後同月二三日右両名は乙事実により岐阜地方裁判所八幡支部に起訴された事実が認められる。

そこで本件申立の当否について検討する。

先づ右一般的な接見等に関する指定書及び拘置所長に対する指示の性質について考えると、これは刑事訴訟法第三九条第三項に規定する接見の指定処分そのものではなく右指示は検察官において右指定処分を相当とする被疑事件につき、弁護人より被疑者を現に拘置している拘置所長に対し被疑者との接見申入があつた際、右指定処分を遅滞なく適正に行うために、予め右拘置所長に対し、該被疑事件は指定処分相当の事件であるから、右接見申入があつた際は接見に先立つて直ちに検察官に対し右接見申入があつたことを連絡すると共に、該弁護人に対し、該被疑事件については検察官において接見の日時、場所の指定をなす意向である旨表明することを依頼したにとどまるものと解すべく、右一般的な接見等に関する指定書は右拘置所長が弁護人に右依頼事項を表明するための参考として呈示するに過ぎない証拠書類に過ぎないものと解すべきである。蓋し刑事訴訟法第三九条第三項に規定する指定処分は接見を求める弁護人又は弁護人となろうとする者に対する処分行為であるのに対し、右指示は拘置所長に対する前記依頼を内容とする意思表示であつて、右弁護人らに対する指定処分とは全く趣を異にすることは明らかであり、右一般的指示書はその内容において何ら具体的に接見等の日時、場所を指定したものではなく、それは別に発する指定書に委ねられていることからみても、これが刑事訴訟法第三九条第三項にいう指定処分と異なることは明らかである。

しかして右一般的な接見等に関する指定書及び拘置所長に対する指示は検察官において指定処分を相当と思料する被疑事件につき、右指定処分を適切に行うための措置としてなされるものである以上、これを以て直ちに弁護人の接見交通権を侵害する違法の措置と論ずることは当を得ないものというべきであり、この点に関する申立人の主張は採用し難い。

次で申立人は昭和三八年五月二一日なされた刑事訴訟法第三九条第三項の本件指定処分は違法であるからその是正を求める旨主張するが、右指定された日時を既に経過した現在においては既に右指定処分は失効していることは明らかであつて、右指定処分の当否を判断するまでもなく、裁判において是正すべき対象は存在せず、右主張も利益なきものとして採用の限りではない。

だとすると本件申立は結局理由なきものとして棄却を免れないものというべきである。

第二、ところで飜つて被告人の弁護人又は弁護人とならうとする者が被告人と自由に接見し得ること及び被疑者の弁護人又は弁護人とならうとする者も、捜査の必要上例外的に捜査機関により接見の日時、場所につき制限をうけることがある場合を除き原則として自由に接見し得ることは明文上(刑事訴訟法第三九条第一項第三項)他言を要しないところであるが、本件の如く同一人が甲事実につき身柄拘束のまま起訴されながら、乙事実について再に逮捕、勾留され、現に捜査中の段階で検察官により刑事訴訟法第三九条第三項に規定する指定処分がなされた場合右指定処分が甲事実に関する弁護人又は弁護人とならうとする者の接見交通権に何らかの影響を及ぼすものであるか否かについて以下検討してみるのに、

右指定処分は元来勾留の基礎となつている特定の事件につきなされるべきものであつて、余罪につき右指定処分がなされない限りは、右余罪につき弁護人又は弁護人とならうとするものの接見交通権は刑事訴訟法第三九条第一項の原則に従い自由に行使し得るところであり本件指定処分が前記認定の如く本件被疑者らに関し乙事実につきなされたものであることが明らかである以上、それが法律上、当然、甲事実についての接見交通権の行使に何らかの制限を加えるということは到底考え得られないところである。

従つて本件申立人が乙事実につき弁護人ではなく又弁護人とならうとする者でないならば、右指定処分に拘束されることなく甲事実につき被疑者らと自由に接見し得ることは疑を挾む余地はなく、この点に関する検察官の主張は当裁判所の採用しないところである。

ところで或る被告事件につき私選弁護人となつた者が、同一被告人に対する余罪についても弁護人となることが極めて多いことは当裁判所に顕著な事実であり、刑事訴訟規則第一八条の二本文の規定も右の如き事実に照しこのことを法律的に裏付けているものと解することができるのであつて、本件申立人が乙事実についても被疑者らの弁護人とならうとする者に該当することはこれを推認するに難くない。だとすると本件申立人は甲事実につき何らの制限をうけることなく被告人らと接見し得る権利を有するが、反面検察官も乙事実につき右申立人と被疑者らとの接見につき捜査の必要があれば有効に刑事訴訟法第三九条第三項に規定する指定処分をなし得ることとなる。理論上、右両者は並列的なもので、その権限の行使が法律上抵触するものとは解し難いが、接見しようとする者及び接見の相手方となるべきものは現実には一人であるところから、右両者の権限の行使が事実上衝突する懼れがあることは容易に推認し得るところである。

そこで検察官はかかる場合甲事実についてのみの接見ということは非現実的であり存在し得ない。蓋し弁護人の被告人又は被疑者に対する接見については秘密交通権が保証されているから、弁護人が如何なる事実について接見をなしたかは何人も知り得ないからだと主張するのでこの点について検討してみるのに、結論から言えば、かかる場合においても、申立人は乙事実についての接見につき検察官のなした指定処分の効果をうけるが、甲事実についての接見は自由にこれをなし得るものと解する。蓋し、形式的には右指定処分は甲事実についての接見交通に何らの効果を及ぼすものではないからであるが、その実質的な理由について述べれば刑事訴訟法が公訴提起の前後を問わず、被告人又は被疑者と弁護人又は弁護人とならうとする者との接見交通につき立会人なくして接見することを認めたのは同法が当事者主義を採用したことからくる当然の要請であり、弁護人の固有権として又被告人、被疑者自身の防禦権として最も重要なものの一つと考えたからに外ならない。しかして英米法と異なり、我国の刑事訴訟法が逃亡の虞れのある場合のほか罪証湮滅の虞れがある場合においても勾留することができるとしながら、弁護人又は弁護人とならうとする者の右接見につき立会人をおくことを禁止したのは、弁護人の良識を信頼し、弁護人は罪証湮滅はしないという強い信頼に基くものである。

しかして公訴提起前の同法第三九条第三項に規定する接見等の指定処分は、捜査の密行性と、起訴前の勾留期間の制限からくる事件の迅速処理の必要上、弁護人の接見交通権との調和を図るために設けられたものであらうが、その指定はあくまで被疑者の防禦の準備を不当に制限するようなものであつてはならない(同条第三項但書)ことが要請されている。右の如く接見等の指定処分をなし得る場合においてすら被疑者の防禦の準備を不当に制限することを禁止した刑事訴訟法のもとにおいて、元来ならば右接見等の指定処分さえなし得ない事件につき、弁護人及び被告人にとり最も重要な権利の一つと考えられる自由な接見交通権を何らかの理由で事実上制限し得ることが許されるものとは到底解し難いところである。検察官の主張するように弁護人と被告人又は被疑者との接見内容は何人も知ることができない、従つて本件について言えば本件申立人が甲事実についての接見の機会を利用して乙事実についての接見をするかもしれないという懸念は畢竟するに弁護人又は弁護人とならうとする者に対する不信の念を基にした懸念であるという外はないのであるが刑事訴訟法は前述の如く弁護人の良識に対する強い信頼のもとに被告人又は被疑者との秘密接見交通権を認めたのであるから、右の如き懸念があるの故をもつて、右自由な秘密接見交通権に何らかの制限を加えようという考え方は右法の精神を背馳するものというべきであらう。

仮りに弁護士倫理を辨えない弁護人が別件の接見交通権の行使の機会を利用して接見等の指定処分をされた事件について接見したとしても、法律上これを阻止することは困難である。しかしながら、だからと言つて右一部の弁護人の背信行為のために、一般的に弁護人の自由なるべき接見交通権に何らかの制限を加えようとする考え方は、刑事訴訟法の右精神から言つて本末顛倒の唆りを免れないというべきである。

更に弁護人が公訴提起後の事件につき接見交通権を活溌に行使する結果、結果的に公訴提起前の且つ刑事訴訟法第三九条第三項の指定処分がなされた別事件の捜査が妨害されるに至るかもしれないということも予想され得るところである(例えば或る被告人に対する被告事件で弁護人が多数選任されている場合、各弁護人がそれぞれ接見交通権を活溌に行使する結果同一人に対する余罪の捜査が妨害される結果になることは容易に推測され得る)しかしながら弁護人の接見交通権が誠実に行使されず故意に余罪捜査の妨害のためにこれを利用するが如き濫用が許されないことは言を俟たないところである。のみならず弁護人に対し、弁護権の行使は捜査の妨害にならないよう注意しなければならない旨(刑事訴訟法第一九六条)要請している刑事訴訟法の精神に徴しても、元来自由たるべき接見交通権の行使に当つては、つとめて現に捜査中の余罪の捜査の妨害とならないよう良識ある行動を期待されることはいうまでもない。

よつて主文のとおり決定する。

(裁判官 重富純和)

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